星座の名前は言えるかい


きらめく謎の少年少女,という歳でもなくなってきましたが,それでも
時代を映して夜空に輝く鏡の破片はパノラマアワー.そろそろ真冬になり
空に星が綺麗.沈みかけた半月の皿の脇にはさよならって手を振る火星が
まだ待ってくれている.冬の六角形,ベテルギウス・リゲル・シリウス・
プロキオン・ポルックス・アルデバラン・カペラがきらきらしてるねえ.

まだ昔文学少年だったころには星の神話と伝説についてほろほろとページを
めくっては淋しい気持ちになったりしたものです.あの光はぼくが産まれる
ずっと前に輝いたもので,今見えているあの星が今まさに光ったところを
ぼくはもう見ることができない.100年前にはいなかったぼくは,100年後に
届く光を見ることもできない.ただひたすらに遠い,というだけの哀しみは
文学少年や天体少年だったからとかではなく,本当に心の中が薄暗くなる
しみじみとした哀しさで,そしてそれは日常生活とはあまりにもかけ離れて
いたために,時々思い出して星が空に凍り付いているのを見るとき以外には
あんまり思い出さなくなった.思い出せなくなっていたのかもしれません.

こいぬ座のβ星の名前を知ってますか? ゴメイザっていうんだよ.もともと
α星のプロキオンに付けられていた名前なんですが,それが取り違えられて
隣の星へ行ってしまったそうです.プロキオンはギリシャ語で「犬の前」,
この後におおいぬ座が昇ってくるからこのような名前に.そしてゴメイザの
意味は「涙で濡れた目」.この名前の由来となる神話はいくつかありますが
後味がよくないので省略.どれも悲しい話です.みんな去ってしまった後に
残された者が,誰かを探しても届かない.遠くを見つめても涙が,どれだけ
拭っても拭いきれない.そんな無力さをやるせなく思う気持ちが,なんだか
個人的な感傷と重なってきてしくしく心を傷めたものです.星の遠さだとか
はかなさだとか,思い出せないことを思い出しそうな気持ち,たくさんの
思いが膨らんだり.でも泣いてるのは自分だけじゃないんだなあ,と夜空を
見上げてくしゅくしゅする,かなり自分にうっとりのヤな小学生だったな.

でも今も時々思います.冬の夜空は澄んで華やかだけど,ぽつんと悲しがる
星がひとつ.それだけでなんだか,ずっと泣きっぱなしの人生だとしても
そこにいる価値があるというか.ひとりぼっちで宇宙へ放たれたライカ犬は
あまり有用なデータを提供することはできなかったと聞かされた時,あの
巻き毛のクドリャフカは新しいゴメイザになったんだな,と思いました.

今年も冬の夜空はきれい,少し涙をにじませながら,それでもきれい.


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