散文「悲しさのない世界」


感動しろ感動しろ感動しろ、と三回口につぶやいてみた。こんなことで感動できるひとはおそらくいない。感動することをあきらめて、ゆっくりと歩いてみる。歩き飽きた道にはもう何も転がってなんかいない。いいものも悪いものも。

懐かしい思い出がない。置き忘れた、とか、なくしてしまった、とかではなく、ただなんとなく。思い出すのも面倒な思い出なら、そのまま凍らせておくことがいちばんの保存法なのだろう。もうこれ以上なにかを思い出そうとするのはやめよう、そう決めた。それには意味がないから。

それでも今日はなんとなく、なぜか、気分がいいほうなので、にっこりと笑いながら歩いてみる。みんな笑ってくれるようだし、みんなぼくを馬鹿にしてくれるようだ。うれしいな、誰かがぼくのうつろさを埋めてくれる。ぼくのこときらい? ぼくもきみのこときらいだよ。よかったね。

歩いていく。通りがかるのは、道、木、池、坂、車、誰もいないようなコンビニエンスストア。時々、すべての建物ががらんどうだったらいいのにと思うことがある。ちょっとやそっとじゃ変わらないもの、もうみんな変わってしまえばいいのに。それらは世界になじんでしまっていて、いつからそこにあるのか不気味な感じだ。いろんなものを通りすぎながら、踏みしめて歩く。誰も気に しない世界を踏みつけにしてみる。普段よりも少していねいに体重をかけて。

このまま家まで、誰にも出会わないで帰れるかな。誰かに出会ってしまうんだろうな。誰かが声をかけて来て、いろいろなあいさつなんかかわすんだろうな。すこしだけ、いやだ。すこしだけ。ぼくのこと気にしながら気にしないで欲しいな。あいさつしてもしなくても、ぼくはきみを同じくらい好きだし、同じくらい嫌いなんだ。だから、別にいいじゃないか。何も変わらないことなんだし。別のことばを口の中でつぶしてみる。「ときどき、かかわらないでください」。

かかわるって何だろう。自動販売機の中に答えはあるのかな。コインをいれて、ボタンを押して、品物が出て来て、こんな手続きを「かかわる」っていうのかな。ぼくはだれかにコインをいれて、だれかのボタンを押そう、だれかが品物をくれるのなら。だけどこれまでの生活の中で、ボタンをさわらせてくれたひとなんてどこにもいなかった気がする。

靴の裏がぐぃっと音を出す。このアスファルトはいつかぼくのことを思い出すのだろうか。このコンクリートはいつかぼくのことを思い出すのだろうか。もしもぼくが今度この道を通ったときに、アスファルトがはがされていても、コンクリートがくだかれていても、ぼくは普段どおり歩いているだろう。何が失われたかもわからないままに。

あの角を曲がって、もう一度坂を登れば家にたどり着く。それが昨日と同じこの町のルールだ。そしてぼくはそんなルールがどうでもいいと感じ始めている。どこまでも閉じ込められて、どこにもたどり着かないまま家に帰りつく。いや、ほんとうはどこに行きたいのか、考えたくもない。ため息が出た。

ぼくは今日どこかに出かけて、ここに帰りついた。

感動しろ感動しろ感動しろ、ともう一度つぶやいてみた。遠い国の呪文のようにそらぞらしくて、すこし気分が悪くなった。

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