散文「私の前にある20%果汁のオレンジジュースの運命と快楽について」


まず最初にいっておきたいことは, オレンジジュースを爆破するならパックに詰めよ,ということだ. 私は寡聞にして蜜柑や水を構成する物質が何であるかを詳しくは知らないが, 果糖葡萄糖液糖や酸味料や香料や, あまつさえビタミンCまでも混入されている80%パチもんの黄色液体に対して, 100%好意を抱く人間はそういないのではないだろうか. しかし私はこの人工的な甘さが嫌いではない. だからこそこの液体を,青空を背景として爆破してみたいと思うのだ. 黄色いジュースがきらめきながら四方八方に飛散する. あの果糖葡萄糖液糖も酸味料も香料もビタミンCも 空に放物線を描いて飛んで行くのだ. それはあの胡散臭いロールシャッハテストのようにも見えることだろう. 爆破させるための火薬は,黒色火薬でなくてはならない. 何といってもあの中国製ロケット花火のような危険な香りは, 他のもので代用させるわけにはいかないのだ. 200ミリリットルの四角いパック詰め蜜柑果汁 あるいはその他の人工的産物を地面に置き, それらが隠れるくらいにこんもりと黒色火薬をふりかける. さらさらとはいかなくても, ぽそぽそと言う音を立てて徐々に積もっていく火薬を見ているのは 何とも楽しい出来事だ.できればここで記録を取っておきたい. スナップ写真を撮り,できればその横にメモしておくこと. これは甘いものと爆発させるものとの埋積,と. さて,火をつけるわけだが,ここでライターなど使ってはいけない. マッチに限る.ライターには強制的な炎しか作れないからだ. マッチの奥ゆかしい趣は期待出来ない.さて,点火方法なのだが, 直接に火のついたマッチを火薬の小山に突き刺すわけにはいかない. そんなことをすれば火薬の爆発に巻き込まれるか, ジュースのべとついたシャワーに巻き込まれるか, どちらにしても避けなければならない. 少し離れたところに立ち,火のついたマッチを投げることが一番適切である. 一本一本火をつけては投げ,火をつけては投げ, 命中するまでの根気が必要とされる. 徳用マッチを用意するのが望ましい. コントロールが悪ければかなりの量のマッチを消費することになるが, スウェーデンの教科書によれば, 日本と言う国は世界有数のマッチ生産国らしいので, この程度の消費が国家に与える影響などと言うものは微々たるものである. 決してひるむことはない. どうせかの国は自国の森に火を放たれたくないもので このようなことを教えるのであろう. オレンジが収穫出来ない冷涼な気候のせいもあるのかもしれない. どちらにしても彼らにはオレンジジュースを 黒色火薬とマッチによって爆破する, などという贅の極みを体験することができないのだ.ざまあ見さらせ. いや,別に彼らや北欧に対する悪意の感情など私にはないが, この行為がいかに私の快楽を純粋に満たしてくれるかを強調するために このように発言することになったのだ.けけけけけ.

異議あり.オレンジは誰が味わうのですか? ストローの立場はどうなりますか?

爆破に成功したら,その様子を克明にレポートにまとめること. 爆破の瞬間の飛沫の形状,地面に残ったオレンジの染みのグラフ, すべてが記録の対象となる.分厚いレポートが完成したならば, コピーをとることなくシュレッダーにかけて粉々にし, 坩堝で黒色火薬と擦り混ぜながら,さわやかに燃やすこと. 後に何かを残すと言うことは,この行為の純粋性を失わせることになるのだ. ただ一瞬の現象を無駄に求めることこそ極上の娯楽だ.

異議あり.レポートは誰が読むのですか? ホチキスの立場はどうなるのですか?

すべての遊びは果敢ない空想から始まる. 一つの状態に固執していては何も楽しいことは始まらない. 私にとって今の一瞬, この五分の一のオレンジジュースを 黒色火薬とマッチで爆破するということが,最大の快楽になりえるのだ. その楽しみをわかってもらえるとは思わない. しかし各個人オリジナルに開発した たった一人のためだけの快楽がどこかにきっとある. それを空想にとどめず,実行することだ.やってみなければわからない.

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