散文「大丈夫」


そう,そんなふうに君は思っている. だから眼が俯きかげんになるんだ. だからせめてぼくは君にゆっくりと手を伸ばし,大丈夫だって言ってあげよう. 泣くことは,ちっともおかしなことじゃない. そのことはしばしば忘れ去られがちで, 泣かない約束をしようと頬のあたりをがんばらせている君に, ぼくはこれ以上何も言えないから. 誰にも内緒で,誰のものでもない握手をしよう. 指をほんの少しからめるだけでも,それは充分にぼくを暖めてくれるし, 君をやわらげてくれる. 少しばかりささくれだった生活の上での摩擦は丁寧なヤスリで磨き上げ, 誰にも傷を与えないようにしなくてはならない. ただでさえ,この世界には悲しいことが多かったんだ. 今はそうではないとは限らないけれど. もはや誰も君を憎んではいないし,いくつかの誤解はほどけるために生まれる. ただ今はじっと我慢をするしかないかもしれない. 待ち続けるのに税金はかからないし,時間はまだまだ流れていってくれる. 大丈夫. 取り戻そうとさえしなければ,「無駄な」時間はなくなる. 枠をひこうとするからはみだすんだよ. 諦めようとするんじゃなくて, 線を引かなければいくつかの争いはなくなってしまう. いざこざに巻き込まれて疲れたんだね. だけど今は少し休んだほうがいいよ. 俯きかげんの目を閉じてしまって, 君を傷つけようとする物を君の視野から消せばいい. 今の君の目は尖っている. 誰も君をこれ以上傷つけようなんて思ってないんだ. おびえて視線をとげとげにして,ぼくを突き刺すのはやめてほしいよ. それでも,必要以上には気にしないでほしい. 傷つけられたと騒いで人を巻き込むのも,傷つけたと騒いで人を巻き込むのも, どちらも同じことなんだから. それよりも少しだけ目を閉じて,流したいのなら涙を流して, 時間が過ぎるのを待とう. どんな過去であれ,過去になれば少しだけ笑うことができるものなんだよ. 今は納得しないかもしれないけどもう少ししたらわかることなんだ. 心配しなくてもいいんだよ. すごく難しいことだけど,もうすぐわかる時が来るから. あわてなくてもいいからね. 誰の心にも,決して治らない傷なんてつかないんだ. 少しひりひりするかもしれないけど, 生きていくためには時間をやり過ごさなくてはいけない. その悲しみには終わりがあるんだ. 子どもの頃にいちばん悲しかったことを覚えてるかな. そして,その悲しみはいまだに続いてるかな. あんなにかわいがってた小鳥が逃げてしまった日に, とっても賢かった犬が死ぬのを看取った日に, どれだけ君が眼を泣きはらしたか. それでも今,君はこうしてここにいる. 君は悲しみを乗り越えたんだ.忘れたんじゃない. 悲しいことはこれからも,きっと君を襲いに来る. だけど君は乗り越えられる.大丈夫だから. 体がちぎれるくらい悲しいことがあっても, 自分がいなくなるんじゃないかと思うくらい悩むことがあっても, 必ず時間は君を包んでゆっくりとすべてのトゲを丸くしていってくれる. それはすごくゆっくりだけど,やがて君は痛かった苦しみを手に取って, 頬擦りすることだってできるようになるんだ. だからそんなに悲しまないで.今は辛く悩んでいる傷の痛みにも, 少しずつ慣れていけばいい. 耐えられないと思っていた悲しみも, いつか時間が癒してくれる.君は何かを覚えながら生きていけばいいだけなんだ. 良かったね,今の悩みの後に少しだけ君は大きくなれる. それをごまかしなんて言わないで. 何もかもありのままであろうなんて思わないでほしい. 君の思いをすべて余すところなく伝えるなんて誰にもできないし, 所詮言葉は言葉でしかないんだ. でもだからこそ,できるだけ君のことをわかってあげたい, 近付きたいと思うことができるんだよ. 君のほうに歩いていく,君の手を握りしめる, ぼくはゆっくりと,そして少しだけ,君に近づくことができる. そんなぼくを君がどう感じるかはわからない. だけどぼくは君を励ましてあげたいんだ. 今君が流している涙を止めることは,ぼくにはできない. ただ見守るしかできない.ぼくは静かに見守り,じっと待ち続けるんだ. 君が悩むのに疲れて, 今の思いを過去として受け止めることができるようになるまで. きっと君はまた元気になれる. いつになるかは,誰にもわからないけれど. だけどなるべく早く立ち直れるといいな,と思っている. 早く心配事を済ませることができたらいいね. 君は大丈夫,君がぼくをどう思おうと, ぼくは待ち続けていられるから.大丈夫だよ.

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