散文「残酷な君と傲慢な僕と」

君がそんなふうに泣くのを初めて見た. ぼくは静かに,君をなぐさめてあげたがっている. だけど,ぼくにはだめなのかな. これまで何度か君が泣くのを見たことがある. それは時には悲しさとか喜びとか,そういうたぐいの泣き方だった. そのたびごとにぼくは君が泣きやむのを待っていた. ずっときみのそばにいながら. そして君をなぐさめる. 君はよく泣く子だし,ぼくは君をなぐさめてあげられることを誇りにしていた. ぼくがいれば,君は大丈夫だと思っていた.君の悲しい話をたくさん聞いた. 君の嬉しい出来事をたくさん聞いた.そしてぼくはうなずきながら, それは良かったね,とか,もう大丈夫だよ,とか言って, 君を落ち着かせたり安心させたり. ぼくはそうやってずっと君と一緒にいた. 君の悲しみをわかっているつもりだった. それでいいと思っていた.

君が泣きやまない. どういうわけで君が泣いているのか尋ねてみた. 何が嬉しかった? 何が悲しかった? ぼくにしてあげられるのは何? だけどいまは何もしてあげられそうもなかった. 君は「わからない」としか言わなかったから. ぼくはできるだけのことをしてあげたい, だけどなにもしてあげられない. 君が何も言わないのはぼくに対する精一杯の優しさかもしれない. だけど,残酷だね. 君はまだぼくの知らない悲しいことを憶えてる. たくさんの過去をくぐり抜けて,いまここでそれを少しだけ思い出して, そして泣いてる. 何度かぼくに打ち明けてくれた昔話は, その一部にすぎないんだね. それはわかる.わかってるよ.だけど,ぼくはそれだけでいい気になって, つい君のことなら何でもわかる気になってたんだ. ごめんね. 本当に,ごめんね. まだぼくに打ち明けてさえいない,君だけが抱えている悲しみがあるんだね. もう君にも思い出せないような. わからない. 君をそんなにしたのは誰なんだろう. いろいろな理由とかしがらみとか,不幸な出来事とか, そんなものたちが君をおびえさせている. 何が痛いの? 何が悲しいの? 「わからない」.君は泣き続けている. ぼくはどうしたらいいんだろう. 君のために何をしてあげればいいんだろう.

何かしてあげられると考えるぼくは傲慢なんだろうか. 悲しみをわかちあえたらと考えるぼくなりの思いは, もしかしたら君の心のまとめかたの邪魔になるんだろうか. 君は君なりに,自分の心の中に残っている世界のがらくたを, 勇気をこめて土に埋めている.うつむきながら. とても悲しい作業だろうね. 何も言わないけど,ただ静かな強さで. その力を君は「わからない」と言う. 本当はわからないふりをしてるのかもしれない. 心の奥の何かを大事にして,大事な何かを諦めて, 傷つきながら泣いている.そして,凛と,生きながら.

だけど,それでも, 君のことが心配で,いとおしくて,考えてみたいんだよ.ぼくなりに. 泣かないで.もう,これ以上悲しむことなんかないじゃないか. 悲しまないで.わかちあえないのかな. 二人で一緒に泣けないのかな.ぼくは傲慢かもしれない. 傲慢でもかまわない. もうこれ以上は君の耐える姿を見ていたくない. 残酷なまでに強い君の生きる姿を.もうこれ以上は耐えないで. 君の過去を拭いさってあげたい. それもだめなのかな,それでもだめなのかな.

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