睡蓮

みんながうつむく雨の日に
まっさらの傘をさして
散歩に出かけました。

池のほとりでぼんやりしていると
すがすがしいほどに白いすいれんが
ぷわーん と 浮かんできました。

なんだかうれしくて
しばらくたたずんでいました。
傘をさしたままで。

帰り道では
たくさんの人たちとすれちがいました。
みんなは足が早くて、とても忙しそうで、
自分のほかはだれにもわからない
なにかをがんばっているようです。

すいれんのことを思い出しました。
あの花に気づく人はいるのでしょうか。

なんだかいたたまれない気持ちになって、
池のほとりに引き返しました。
白いすいれんが
なにかいいたそうにしながら
ぷくん と 沈んでいきました。

このすいれんに気づいた人はいたのでしょうか。
ひとりじめしたい気持ちなんてどこにもなかったのに。
みんながあの花に気づかなかったのなら、
それはぜんぶ夢だったのかもしれません。

あんなにきれいなすいれんだったのに。

雲がしずかに晴れていきました。
傘を閉じて、そろそろ帰らなくてはいけません。

そっと空を見上げると、虹がかかっていました。
ぼくはもうただすなおによろこぶことができません。

この虹が消えてしまう前に、
誰かが空を見上げてくれないかな、と思いました。

みんなはとても忙しそうです。
ぼくはゆっくりと 地面をふみしめながら
家に帰りました。

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