ぼくも昔はそうだったよ
病院の待合ロビー.眠気をこらえながら本を読んでいた.ふいと気がつくと
斜め前に座った女の子がしきりに首を傾げている.比喩でなく.要するに,
ぴくんぴくんと首をひきつらせるように回転させているのである.また妙に
ハイテンションでしきりに隣に座った母親らしきひとに話しかけている.
母親らしきひとはその様子を神経質なまでに細かくノートに記している.
ああ,きっとこの子の痙攣ぎみな動きはチック症なんだな,と思い当たる.
チックとは脳内物質の過剰分泌による病気で,顔や腕をしきりに動かして
しまうという症状がでてくるものだ.注意欠陥や多動性障害,それにまた
睡眠障害と一緒に出てくることも多いらしい.そして,ぼくも昔はチックに
悩まされたひとりだ.外的抑圧の強かった高校のころが一番ひどかった.
こめかみ,まぶたのあたりが何の意志によるでもなくひくひく,ひくひくと
動き続ける.自分ではもう覚えていないが手や腕の動きも併発していたかも
しれない.今でも落ち着かないと口に手をやる癖が残っているのはその頃の
癖かもしれないなあ,と自分で思う.かなりの部分遺伝的な物が絡んで来る
病気で,父親のひとや姉のひとも弱いけれど同じような症状を持っている.
年をとるにつれ緩和されていくらしいが,ぼくはまだこめかみのひくつきが
残っていて,疲れた時にはまずここからこころの悲鳴をあげているようだ.
そんなことを考えながら待合室の女の子を見ていた.まだ小学校といった
感じで,無邪気と言えなくもないいたずらをしきりに母親にしかけている.
外に向かって働きかけることはなかったけれど,ぼくも昔はそんなふうに
自分のなかのどうしようもない力をひくひく出していたんだよ.そう思うと
普段は腹が立つだけのこどものやかましさにも,慣れていける気がした.