水を打ったように
うちの大学院では修士号を取るためには修士論文を出すだけではダメで,
副課題ってのも提出することを要求されるんですね.んで,その〆切は
7月か2月か選択できるようになってたんです.ところがぼくが5月の鬱で
へろへろになっていたため意志確認の書類も出せずじまいだったので,
結局は2月になるんだろうなという空気が流れておりました.そしてついに
7月の〆切は過ぎてしまい,めでたく7月のうちに提出したM2の連中はその
プレゼンテーションを,出さなかった人間は2月までになにを提出するのか
ちょこっと話をする,という中間報告会がやってきたわけであります.
もちろんぼくは副課題をこなしてはいないし,2月提出組のリストに名前が
組み込まれておりました.ともあれ7月提出組のプレゼンテーションを見て
それなりに楽しんで,いよいよ2月組の順番が回ってきました.ぼく自身は
言う内容を決めてたのでできるだけ最後に回りたかったんですが,結局は
学年の順番ということで最後から3番目という中途半端なところで出番.
ざくざくと教室の前に進んで.
発表者の位置の机に座って.
「ハンドアウトはございません」と切り出し.
「副課題は書かないことにしました」と続け.
「前期をもってこの学校を退学します」と.言っちゃいました.
教室はそれこそ水を打ったかのように静まり返り.
先生や後輩たちの顔が変わるのがよく見えて.
とかなんとか冷静な観察をしている自分に気づき.
「いろいろとすいません」と頭を下げて.
気まずい沈黙のまましばらく時が流れて.
ぎこちなく次の人へと発表は移っていったのでした.
その発表会の後は院生室でチーズやワインを囲んでの楽しいパーティー.
あんなこと言っておいてすいっと中座するのもやな感じなので,そこそこに
参加していると,先生から「もう,決めたことなの? 」と尋ねられました.
残念ながら,もう決まってしまったことなんです.先生はまた経済事情が
よくなってきたら復学という手もある,ということを教えてくれました.
これまで取った単位は保存され,あと足りないぶんを補って論文と副課題を
提出すれば,修士号は取れるということらしいです.それは朗報.そして,
先生はこんなことを言いました.「…この学校に来て,後悔してる? 」と.
ぶんぶん.そんなことはないです.ただ,別の大学院に行ってたらいったい
どうなってただろうな,ということを考えたことはありますけれども.でも
この2年半楽しかったしいろんな人にも恵まれたし,それは後悔するという
対象ではないです.自分が弱かったのと,人生の歯車がかみあわなかった
だけのことなんですから.経済的な都合ってのははどうしようもないし,
精神的肉体的にもつらかったので尻尾巻いて逃げちゃう立場の者にとっては
後悔とかそういうことを考えてる余裕はありません.ただ,それだけです.
パーティーは終わり,後かたづけをして,後輩たちと一緒に帰りました.
「ひょっとしたらもうしろまるさんに会えないんですか? 」と訊かれて,
ああそういえばそうなのかもしれないと答えました.sils のアカウントも
消えちゃうかもしれないし,そうなったらまたいろいろ設定が大変かな.
いや,そういうことを訊いているのではなかろうきっと.だけどなんだか
そういうなまなましい話はいやなので軽く受け答えて,駅で別れました.
こうして家に帰って来て,すごく疲れてることに気がつきました.それは
精神的にも肉体的にも.あたたかい風呂に浸かってぐったりして,水音を
聞きながら一日のことをぼんやりと考えて.まあいいや,今日は眠ろう.