Mourning call


ある日の昼下がり.徹夜明けでぬくぬく昼まで寝ていたところに入電あり.
眠い目をこすりこすりしながら出てみると,はたしてそれは親御さんからの
電話であり,いはく祖母のひとが亡くなったと.やっぱり,という実感.
取るものもとりあえず実家に強制召喚されることになりました.あわてて
礼服を準備したり,飛行機の予約を入れたり,携帯電話の充電器をかばんに
放りこんだり….そういう雑務をどたばたこなし,機上の人となりました.

実家に戻ってみると,すでに通夜状態.いや当たり前なんですが.とにかく
上がり込んで親戚のひとびとに挨拶をし,そしてなんだかぼんやりと時間が
過ぎていく.線香の火を絶やしてはいけないという決まりだそうで,寝ずの
番を家族で交替にしていく.というか両親のひとはすでにここまでの状態で
ずたぼろに疲れていたので,実質的に姉のひととふたりでということに.
前回の帰省の時には縁を切るとか言っていたわりに何もなかったかのように
家族の振りをしてくれるのでそれに従う.自分の部屋で待機するが,なにか
落ち着かなくて眠れない.というか寝てはいけないので,睡眠薬を削って
精神安定剤だけを服む.そして眠れるはずもない夜を本を読んで明かす.

時間だけが過ぎて夜が明けて翌日.ささやかな葬式がしめやかに行われる.
祖母の人はぼくの実家から離れたところで数十年を過ごし,最期の4年だけ
両親のひとたちに引き取られてきました.さらにその4年のうち約2年間は
病院での生活だったので,こちらに顔見知りなぞほとんどいないんですね.
とりあえず集まったのは近所に住む父親の親戚そして地域のしがらみにより
出て来るひとたち.実際に祖母のひとの顔を知っている人間なぞほっとんど
いらっさらないわけです.祖母の人は足が悪かったので外にほとんど出ない
生活だったわけだし.そんな人達に見送られながら,葬儀は進みました.

さて読経.これがこういう場には不謹慎かと思われるけれども,なんだか
とてもメロディアスで,きれいだなーという印象.数人の坊主がハモってて
かっちりとリズムをもって経を読んでいく.なおこの坊主,顔を見ていて
どっかで見たことあるなと思ってたら小学校のころのひとつ下の子だった.
そういえば寺の子だと言っていたような気がする.いまでは立派な坊主に
なってしまったものですなあ.となににもなれていない自分を顧みてみる.

棺を霊柩車に載せて,遺影と位牌を持たされて乗り込む.火葬場に着いて
精進料理を食べつつ(お別れ膳,と言うそうな)茶を飲みつつ焼け終わるのを
待つ.そして2時間弱の時間を過ごし,竹箸でもって熱いお骨を骨壷へと
重ねてゆく.焼けた骨は思っていた以上に真っ白で,ちいさなものでした.
乾いた紙粘土細工みたいな触覚で,大きな骨は箸で突き崩していきました.
一番最後に喉元の骨を壷に入れ,蓋を閉め布に包まれて帰宅することに.
帰りの車の中で,故人を偲び語られる会話がまだ現在形で語られていると
いうことに気がつき,これが徐々に過去形になっていくのであるのだなあと
思いほろりとしました.まだ病院に行けば逢えるような気がする,などと.

人もいなくなった家へと戻り,明日の身支度を整えつつもまた線香守りの
寝ずの番.今回は主にぼくが担当になりましたが,さすがに50時間以上も
一睡もしていないのはつらい.しかも地方だからテレビの深夜放送もないし
お天気情報とかBGMばっかりとかそういうのを見て過ごしてました.さすが
早朝からNHK教育で数学Iの三角関数の解き方とかが流れるころにはもう
気力がかなりバテ気味.いや見てたけどね.シン・コス・タン.折良く
母親のひとが起きたところで交替して寝ることにしました.薬も服んだし
少し気分を落ち着かせてからベッドへゴー.4時間くらいは寝ておこう….

さて朝が来て.葬儀屋が祭壇を片付けに来て,あとは身支度をいろいろと.
本当は朝一で車に乗って祖母の実家に戻るつもりだったはずなのに,なぜか
靴磨きをしたり洗濯をしたりで時間が過ぎて行く.お骨も含めて家族全員が
車に乗れたのは15時ごろのことでございましたことよ.遅いっちゅうねん.

車の中ではまた現在形と過去形が入り交じった祖母に関するエトセトラなど
しゃべくったりしていたものの,みな疲れているので徐々に睡眠モードに.
運転していた父のひとはさぞ気ぃ悪かったことでしょう.深夜も0時を過ぎ
ようやくぼくは自分の家へと戻る.途中で道に迷ったりしながらもなんとか
家に到着,これで気兼ねなく薬が服める.疲れたので風呂を浴びて睡眠.

つぎのひ.おひるに再度家族のひとと合流.骨壷を抱えて墓地へと向かう.
こちらの読経は漢文と古文の入り交じったようなもの.気をつけて聞いたら
半分くらいは何を言ってるかが判るくらいのものでした.読経と焼香ののち
納骨を行う.なんとか一段落着きました.あとは初七日まで親のひとは姉の
ひとの家に泊り,あれこれと雑務をこなすことになるそうな.何はともあれ
もーにんぐな作業は終了したものの,やっぱり雑文のネタになったなあなど
考えていた私には天罰が下るんでしょうか.日常を測り売りして,非日常を
測り売りして,いろいろ文章を書くっていうことについて考えてみたり.


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