折れない鶴に


義務感によってごはんをいただく.ばくばくばく.食欲は…,あまりない.
味噌汁を啜っていると,下の前歯ががちがちがち,と音を立ててぶつかる.
いつものことだ,そう気を揺らすほどの事ではない….平衡感覚だとか,
静止しつづけるだとか,そういったものが失われてしまってずいぶん経つ.

病院で「はい,腕を並行に伸ばしてごらん」と問われて素直に応じてみる.
どうしたものやらわからないくらい,ぼくの両手はびくついているようだ.
自分で判らなくても手が訴える.体が何かおかしなことになってるよ,と.
…薬の副作用か,もっと別の病気か.いずれにしてもぼくは静止して文字を
書いたり,細かい作業ができなくなりつつあるようだ.少しだけ悲しい.

甥や姪に囲まれて遊ばされる時には,よく折り紙を折っていた.だけど,
子どもと言うのは正直で,「なんで叔父さん手ぇ震ぅてんの? 」と強烈に
ストレートな質問を投げつけられる.病気なんだよ.治るか治らないかも
よくわかっていないんだよ.そんな風に全部教えてあげてみたいが,姉から
そのへんのことはうやむやにするようにとの教育方針が立っているらしく
結局何も言わないまま震える手でのたのたと黙々と折り鶴を作るしかない.

ペンを持つことも少なくなったから書き文字もミミズのたくり放題である.
履歴書を一枚仕上げるのに相当時間がかかるのは,字が下手だから以外の
理由が充分にあるのだ.油断すると,指先があさっての方向へ弾け飛ぶ.
タイピングならまだましなのだが.修正も出来るし.だけど履歴書だけは
真面目にペンで一回勝負で書かなくてはいけない.びくびくものである.

震顫状態はまだまだ続きそうだ.今も唇がひくひくと不随意に動いている.


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