朝.やや早かったものの適当に横に
なっているうちにほどよく起床する.
しかし起きるという行為があんまり
意味をなさなくなってきております.
なんだかなあ,しゃっきりしないね.
かといってぼんやりとばかりしても
いられません,今日は神戸に行って
講習会に参加するのです.震災以降
詩人が何をなすべきなのか,という
命題に取り組む現代詩のひとびとを
観察しておりました.最初の講演で
二度ほど涙を流しました.ほろほろ.
被災者ではない者が震災に言及する
ことについての討論が行なわれます.
しかしここは16年前に震災を経験し
復興を遂げた街です.当時のことを
直接に体験したひとはたくさんいて,
三月の震災はあの時の追体験として
同じ悲しみを持っているひとがいる,
そういう場所です.しかしあの時と
また大きく違う要素も絡んでくるし
どうしたらいいのか,詩的言語への
プロモーションはどうすべきなのか,
みんなが模索しているようなのです.
これが正しいという結論が出る,と
いう種類の論議ではないので,各々
意見を交わした後は懇親会へと移動.
宴では朗読あり歌唱あり,なんだか
なんでもありな世界.普段あんまり
バラエティに富んだ生活をしてない
身の上としては,盆暮れ正月一度に
来たような騒ぎでした.酒が入ると
饒舌になる詩人多数,ぼくは大きい
身体を縮こめてお茶を飲んでました.
パネリストの先生の本を買いました.
サインを入れてもらいます.その時
名前を訊かれ,名刺を渡したところ
ふざけた名前やなあと笑われました.
誉められているものと捉えてました.
二次会にも顔を出してみる.されど
酒の勢いはより募りしらふのぼくは
ますますおいてけぼりに.とにかく
人生が激しいひとが多いのでそりゃ
暴力沙汰になりかけたりもするよね.
もう終電がぎりぎりになったころに
駅に滑り込む.まだ宴席は続くよう.
だけど明日のことがあるので中座を
致しました.みなさまごきげんよう.
途中で電車が止まったりと艱難辛苦
ございましたが,無事帰り着きます.
待ってくれていた同居のひとに今日
なんかいろいろあったよーと告げて
先に寝てもらい,ぼくはぼくで薬を
服んだり日記を書いたり.また明日
動くための準備をやってから寝ます.
災厄と詩といえばドライデンの Annus Mirabilis (「驚異の年」)があまりにも有名ですが、あれも当事者的視点がなければふざけんなといわれるところでしょうか。