擬音の過ぎる桜の宵

起床.手先の振戦とかございますが
起きたからには社会性など取り戻す
レッスンと思いなんとか生きてみる.
音楽の練習ができないことについて
そういう時は音楽を聴く番ですよと
アドバイスを受けました.いい話だ.

同居のひとを起こし,朝とも昼とも
つかないごはんを食べる.もぐもぐ.
作ってもらったので皿洗いはぼくが.

その後同居のひともぼくもうっかり
眠ってしまい,すっかり外が暗くて
がっかりです.音楽はたくさん聴く
ことができたけど,その他のことは
めろめろです.その後の晩ごはんは
やっぱり外食しました.このへんで
ようやく人並み程度の声を出すのが
できるようになってくる.やれやれ.

家に戻ってお茶を淹れて,それから
テレビなんぞ流し魅しているうちに
結構な時間になってしまう.いかん
風呂の用意して日記を書かなくては.

書く直前に,以前友人からの指摘を
受けたことを思い出す.この日記で
擬音擬態語が多い時は,中のひとの
調子が良いのだろうと思ってる,と.
そう思ってここ数日のふさがり期の
文体を眺めていると確かにすっこり
擬音も擬態語も使われていない様子.
意図してないんだけどね.やっぱり
透けて見えるものってあるんだなあ.

というわけで今日はちょびっとだけ
使ってみました.この調子でうまく
通常ぐらいまで戻せていけたら,と
思います.多すぎるとそれはそれで
読みにくいでしょうし,あせらずに
適度に徐々にの精神でまいりますね.
おくすり服んでおやすみなさいです.

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