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ごそり,と抜ける

DVD 観賞.白血病に罹った女性の髪を洗っていたら髪の毛が
ごそりと抜けるシーンがありました.悲しいよね切ないよね.

その後風呂に入る.ネットも外してガーゼも剥して,傷口は
あとで消毒すればいいやー.で,傷口もだいぶ乾いて来たかな.
目に見えない部分なので不安もあり手でころころいじってたら
ごそりと髪の毛が抜け落ちました.うわ.実際に体験すると
やはりショックが大きいのですよ.悲しいよね切ないよね.

今回は皮膚の怪我からくるものですが,以前ストレス性の
円形脱毛症になったこともあります.他にも,強烈で凄惨な
鬱状態に入った時には,髪の毛も生きることをやめたらしく
何気なく髪に手をやった時にそのままずるり,と抜けたことが
ありました.その件以来,髪質が変わりました.昔はかなり
硬い髪だったのに,柔らか髪へ.散髪屋さんが驚いてました.

さて,今の傷を縫い逢わせるとして,術後また髪質が
変わったらどうしようと少々狼狽中.ハゲたくはないなあ.

以下ブラクラ気味なので傷口を見たい人だけどうぞ….

自転車の練習と手術の手続き

朝起きして自転車に乗る練習.絶対安静とか言われた気がするが
体力的にあまり無理してないし,最近息もあがることがないので
大丈夫だろうと素人判断.そんなに遠距離走るわけではないし.
ということで駅まで自転車で行ってみる.なんとかなりました.

単に自転車に乗るためだけではなく,なにくれと用事があって
あちこち動きまわる.市役所に出向いたり病院に行ったり.
このへんは基本的に歩き+電車/モノレールなのでさほどの
危険性はないし.階段もゆっくり注意深く歩けば特に問題も
なかったのでよしとする,社会復帰への日は近いと思われる.

で,病院(皮膚科).治るのが遅いし後頭部の一部の皮膚が
完全に壊死しちゃってるので,さくっと手術する事になる.
きちんと手術室での措置になるので同意書を書いて予約.
しかし手術のスケジュールも混んでいるらしく,かなり先の
8月25日に組み込まれてしまった.それまでは網生活かー.
しかしガーゼと綿棒とテープで自分でケアしてもいいよとの
許可が出たので,ひとまず毎日髪を洗う事はできるらしい.
よかったー夏場はこれがつらいんですよー.…実は昨日から
我慢できずにがしゅがしゅ風呂で髪を洗って,しかるのちに
ありものの滅菌ガーゼや塗り薬で勝手にそれっぽくしてたのは
秘密である.医者の指示をあんまり守らない患者だなあと
我ながら思います.よいこのみんなはまねしちゃだめだぞ.

モノレールで自転車を停めた駅に戻り,買い物して帰る.
気になった坂道も特に苦もなく登れて上出来であります.

ひとやまいくらのなかむらさん

病院(精神科).自転車と電車を乗り継いで行くつもりだったけれど
心配だからということで車で送ってもらいました.エレベーターを
上がってほろほろと入る.入院のドサクサでこの病院の診察券を
紛失してしまったので保険証を出していろいろ確認してもらう.

今日は予約なしで来たので呼ばれるのが遅い.「なかむらさん」は
いくらでもいるので,数度呼ばれるが別人だったり.疲れてたのか
うとうとしていたらようやく出番.1時間半くらい待っただろうか.

まずは医師にも迷惑をかけてしまったことへのお詫び.それから
当時の精神状態や現状を伝える.今はある程度落ち着いたこと,
現在近所の病院にあちこちの不調で通院中であることなど伝える.
そして処方箋は以前と変わらず.これまでうまくいってたのだから
瞬間的に不安定になってもそこはなんとか乗り切るべき,という
判定なのだろうなあ.あとは役所に提出する診断書の代金を払い
辞去する.診断書代5000円は高いよー高いよー.一律らしいけど.

入院してた病院から「この睡眠薬の処方は多すぎる」との指摘を
受けたことを伝えると,「仕事に行くため試行錯誤して,結果
この処方に落ち着いたのだから大丈夫.だけど現在療養中なら
適切に都合つけていくぶん減らす方がいい」との見解.ちゃんと
薬についての信頼をおいてくれていることがありがたい話です.

絶対安静宣告

病院初診(整形外科).右尻が腫れて痛いですと告げるとひとまず
レントゲン撮影.フィルムを持って帰ると骨に異常はないので
湿布貼っておきましょう,と簡単に終わる.まあこれはそれでよし.
ただ,部位が部位なので自転車には乗れないとのこと.うーん.

取って返して病院(内科).まず前回の検査の結果,肝臓に脂が
まわってそうなことと,尿酸値が高いので痛風になりかけとの
診断が下される.そして前の病院から借りて来たレントゲン写真を
渡して一緒に見る.そういえばじっくり見るのは初めてだなあ.
肺のところに白い物がもやもやしている.先生は笑いながら
「あー,これは入院時に撮ったやつですね」と.ほのかな誤解の
香りを嗅ぎつけたので「ええ,退院の日に」といちおう釘をさす.
「退院直前? 」おいでなすったー.「ええ,あと昨日の夜には
横隔膜が痛くてしくしくしてました」「レントゲン撮影!」

今日二度目の放射線科.さっきは腰だが今度は胸だ.ざっくりと
撮影を終え,フィルムを受け取って戻る.今度は退院の時の写真,
前回撮った写真,今日撮った写真の三枚を見比べてみる.どれも
あんまり変わらずもやもや.医師が渋い顔で考え込む.どうやら
健康人のそれとはかなり様相が違うらしい.自分では未確認だが
入院当初の肺のレントゲン写真は肺が真っ白になっていて,
それを見て皆は泣いたということを聞き及んでいる.それに比して
今見てる三枚の写真はそこまで白くないからよくなったんだと
思っていたら,まだまだ事態はそんなに甘くないらしい.ひとまず
10日間の絶対安静を宣告され,きっちり薬を服むようにとの指示.
うーん,読みは甘かったか.というか完治するかどうかも疑問げ.

痛かったら言ってくださいね

病院(皮膚科).予約時間を守って行ったのにえらいこと待たされる.
でも待ち時間の後半は診察室のベッドで横になってまどろんでたので
それはそれでよいことにする.隣の診察室の大きな患者さんの声が
じゃじゃ洩れなのも気にしない.はてさてそんなこんなで診察開始.

実際に処置しましょう,ということで再度麻酔無しで後頭部の
皮膚を鉗子でごりごり.痛かったら言ってくださいねとのことだが
ここで痛いとか言うともっと痛い麻酔注射が出てくるので少しは
我慢することに.だいたいどんなことやってるのか想像つくので
何されてるのかわからない恐怖心がなく,結構我慢できるものだ.
しかし最後の方はなにやらかなり皮膚をえぐられて持ってかれる.

治りがあんまり早くないので,もしかしたらこの部分を切除して
くいっと周囲から寄せて縫い合わせる手術をするかも,という
ヘヴィな現実を叩きつけられる.…うーんと.また医療費が.
ひとまず今回はまた少し薬を塗ってガーゼを当てて,またネットを
ほっかむり.さらに帽子.また月曜日に来てねーとのこと.
今日の医療費240円也.処置だけだから安くていいけれどもね.

さよなら救急病棟

午前中はレントゲンと血液検査.もう移動は全部ひとりで歩いて.
その後の回診で,検査結果も良好なので,そろそろ退院を,との
話を出される.いつがいい? できれば今日.ということで書類を
いろいろ医師に書いてもらう必要があるため,今日はそれが
仕上がるまでの待機となる.荷物は片付けておきましょう.

移動には車が必要となるため,慌てて電話で同居のひとに連絡.
幸い今日は車でこちらに向かっているとのことなので,つつがなく
退院することはできそうだ.昼すぎに到着,しかしここからが長い.

点滴の外付け血管を抜く.しかしものすごい雑に扱われてしまい
最後は針が90度に折れ曲がっていた.痛いょぅしくしく.あとは
入院生活についてのアンケート.入院した時の受付の態度とかは
ぼくが知るよしもないのですがどうしたもんでしょう.ひとまず
「回答不能」にマルつけときました.あとはまあ,医師の連携も
スムーズだったし,総合的にサービスは非常によろしかったかと.
あとはネットワーク環境を設けてほしいな.患者が使えるように.

さてレントゲン写真や家の近くの病院への紹介状などを受け取り
夕刻18時すぎに退院.清算はまだ7月分の計算が完了してないので
あとから電話連絡+振込用紙郵送だそうな.いくらかかるのかねぇ.

さておよそ二週間ぶりの娑婆の空気は…重い.空調完備の病室より
あきらかに湿度が高くて重い.幸いもう夕霞の時刻だったので
熱射地獄は免れる.回転寿司で同居のひととささやかな退院祝い.
だけど喉が退化してるのか,ものを飲み込むのが非常につらい.
人間はこの筋肉を使って硬いものを咀嚼嚥下するのだと理解する.
表現しにくいけれども,喉の奥,舌の根元当たり.これをぐいと
狭まらせて喉の奥に食べ物を送り出すのですな.これができない.

家に帰ると同居のひとが鞄をひとつ病院に忘れたことに気づく.
というわけで問い合わせてあることを確認し,取りに帰る.
なんだかすごく気まずくないですか.いや別にいいんですが.

再度帰り,ようやく部屋にたどり着く.さすがに歩き回って
息があがっている.やっぱりまだ体力は回復しないんだな.
自宅療養,地味にやっていくしかないか.明日も病院だ,早く寝よう.

そろそろ自分で

月を跨ぐとは考えていなかったが跨いでしまったものは仕方ない.
とりあえず朝起きた後体温を計ってまた二度寝.すると朝食時に
起こされる.出されたものを食べて三度寝.本当にいい御身分.

午前中回診.どうやら睡眠時に酸素が足りなくなったのは,
睡眠時無呼吸症候群ではないかとの見立て.ああ,あのデヴが
かかる病気ですね.寝てる時の喉の形がよくないと,自分の肉で
気道が確保できなくて自滅するという例のアレですか.今回の
肺が壊れたのとは関係ないから別件で治してとのこと.むしろ
メインの肺炎はかなり治っているので,こちらはもう自宅療養で
よさげ.結局自分の体型のために入院が長引いたのかと思うと
やるせない気持ちになって来ます.惰眠を貪った生活ですけれども
退院は早くしたいのですよ.病院は居心地いいけれど住む場所じゃない.

さて点滴終了.昼ごろに看護師さんから「寝る前の薬がもうないので
自分でなんとか手配してください」とのこと.家から持ってきて
もらった,自分で懇切丁寧に込めた常備薬セット(6日分)がついに
切れてしまったので.ひとまず同居のひとに電話.折悪しくも
家を出たところとのこと.ならば薬は明日回し,ひとまずは
持ってきてもらう用の薬を頭の中でリストアップする.到着して
すぐさま忘れないうちに自分の携帯から七種類の薬を同居のひとの
携帯に飛ばす.七種類程度をすらすら思い出せないのが悲しい.

ぼくの薬の服み方はかなりいいかげんなほう.一日分を少し減らし
寝る前に全部,といったことをやっている.でもそのような話を
しても通じるような看護師ではなく,「一錠の誤差だなんて
恐ろしいこと言わないでください」とかなり怒られた.うー,
自己流では怒られる.早くひとりで薬を管理するようになりたいよ.
今は全部ナースステーションにとられてて,一日分ずつをわざわざ
夜に持ってきてもらうシステムになっている.これが面倒なので
早く退院したい,という理由づけは間違っていますか? 家に帰って
狭い部屋の椅子にぽっこりはまりこんでマシンをいじりたいなあ.
世間はどう思うかは知らないけれどこれも社会復帰のひとつの形.

同居のひとは「退院したら快気祝いパーティーをやるぞ」などと
息巻いていますが,片付けるのはぼくですか? 庭でバーベキュー?
無理すぎる気がしますよ? 多いに夢を語られてしまい,いったい
どうしてくれようと模索中.そのへんの計画については中空に
ほったらかしたままうやむやになるのが一般的な解答である….

息を整えながら廊下を歩いていると,面談室なる部屋にルータっぽい
ものが置いてあることに気がつく.液晶ディスプレイつき.たぶん
ここならいろいろできるんだろうなあと思うけれど使わせては
くれないだろうな.また,廊下の真ん中に「CAT」なるどこかで見た
ケーブル口を発見.AN は Area Network だろうけれど,C って何?

ぼくが今回の件で最初に生き死にの世界を混ぜていた時,それでも
なんだか死ぬつもりはなかったんじゃないの,と言われたことがある.
だけどそれでも,死んでしまえば怨み言も手のひらいっぱいの絶望も
叱ってもらうことができない.そこに反応したかったのかもしれない.
いずれにせよごく私的な感情で他者を大きく巻き込んだことは事実,
いけませんね.ぼくは何に焦っていたのだろう.ひとを信じることの
むずかしさなどについて,いろいろ考えていたのですよ.うーむ.

就寝前の点滴.落ちる速度が遅いなと思っていたら,やはり今日も
時間内には終了せず.腕を曲げていたのが原因かと思われまする.
間に合わせるために看護師が容赦なくダイヤルを開く.しずくは
ぽつり…ぽつり…ではなくぽたぽたぽたぽたぽたぽたと景気よく
落ちて来る.もう腕先がきゅうっとなりましたよ,きゅうっと.

一回休み

いつものように基本的に午前はちんたら過ごす.体内酸素と闘いながら
レントゲン撮影に行ったくらいで,あとはいたってのんびり.むしろ
ナースからもっと動いてくださいとの声も.それでも動けば動いたで
SpO2値が低くなると大捜索が始まるのであります.うまくいかないね.

主治医との会話.週末には退院のつもりだったのに,話がよくない
方向へころがる.昨夜の睡眠時に経皮的動脈血酸素飽和度が急激に
低下したらしく,夜中にナースが慌てて酸素マスクを取り付けたらしい.
そういえば朝,なにか顔にかかっていたような.そしてそのことが
心配なため,土曜日曜で様子を見ましょうとのこと.退院延びたー.

しょんぼりしていると同居のひと来訪.台風が近くて参っている様子.
今日は携帯電話を持ってきてもらった.ロビーへ出かけてぷちぷちと
メールを確認.その他いくつか連絡.まだなんにも知らないひとへ
わざわざ知らせを持っていくのも気がひけるが,何も知らせないのも
それはそれで酷であろうと.電話は持って帰ってもらい,今日の
リアクションは携帯に届けば明日反応できるかなあと.遅いけど.

夕食後,同居のひとに背中を濡れタオルで拭いてもらう.またずいぶん
面白いほどに垢が落ち恥ずかしい.まだまだ出るところだったらしいが
おねがいやからと中止してもらう.せめて自分のからだがどれくらい
汚いのかくらいは自分で把握したい.だから早くシャワーなりとも
浴びたいものだが,肺炎の人間にシャワーはかなりキツいらしい.
はああ,複数いらっしゃる週末退院組においていかれた気分である.

早く普通な身体の機能に戻りたいものです.今は胸いっぱいに空気を
吸い込むことができなくて,ちょっと吸って少し止めてちょっと吸って,
この繰り返しで空気をためていく.朝起きる時には肋骨ごと開く勢いで
一回深呼吸しないと肺が開かない.歌を歌うことすらできませんよ.

ひとりでできません

のろのろと起床時刻.みんな忙しそうなのではじめてのセルフ車椅子.
もっと戸惑うかと思ったら,意外とそれなりに動かせてびっくり.
いろいろものが設置してあって狭い廊下を失敬八景でよたよたと.
無事にトイレも済ませ,戻ってみたら椅子を降りようにも看護師さんが
いないので酸素ボンベを外せない.ナースステーションは会議中で
呼び出すのも気がひける.そこを呼ぶのが患者というものかも
しれないけれど,せっかくなので廊下再往復.朝からいい運動です.
歩く運動を先にしないのは「クララが立ったのー」とハイジに
叫んでほしいから.ビジュアル的にはアルムおんじな気がしますが.

さて午前中のうちにレントゲンを撮るため車椅子でゴー.今回は
ナースまかせです.やはりひとりより速くて楽.別棟を通るため
初診待合ロビーを通り抜ける.みんな違う方向を向いて,一生懸命
こらえていて,こらえていて,それでもこらえきれなくて,
目を腫らしたひともいる.救急病院ってこういう場所なんだね.
撮影が終わってまた病室へ戻る.帰りはせめて,ロビーでは
目を伏せました.それくらいしかできないしやったからどうという
ことではないのだけれど.まっすぐに目を見る資格はないだろうな.

で,またお引っ越しらしい.基本的に手のかからない患者は
どんどんナースステーションから遠ざかるシステムらしい.
3号室から2号室へ.どんどんトイレが遠くなるのがつらい.

呼吸療法師の先生とのお話で,アイテム「酸素の鼻輪」の
正式名称が「カニューレ」だと判明.しかしこれ以上
話の膨らみようのないネタではある.でもそういうことを
密かに知ってほくそえむのが好きなのです.性分ですから.
次に主治医とのお話.顔が濃いと思ったら1/4イタリアらしい.
そんな話はどうでもよい.このままいけば今週末にでも
退院できればいいな,とのこと.あと歩いてみてもよしとの
判断をもらったので,酸素ボンベを転がしながら歩行器で
トイレ→2号室(ほぼ廊下いっぱい)を歩いてみる.部屋に
着く頃には息があがってました.上半身しびれるし.これじゃ
酸素ボンベ無しだとどういうことになっていたのやら.
ちなみに酸素飽和度(SpO2)は83%まで下がっていました.
具体的な数字だがレベルがよくわからん.とりあえず,
本来なら99%あってしかるべきなんだそうな.

家から持ってきてもらった使い慣れた睡眠薬を使い,
少し書きものをしてから電灯をぱちんと消して寝る.

おひっこし

しろまる は 空気圧縮マスク を 手に入れた! ということで装備.
これはなにかとたずねたら,鼻と口の周囲に通常よりも濃度の高い
空気を無理矢理吹き込ませることで,肺の弱い人の声帯の動きを
補助してくれるというものであります.実は電動式人工喉頭のほうが
憧れだったのですが,そんなわがままをほざくとアクレスピオスに
蛇の杖で殴られますね.ひとまずなんとかしゃべれるようになって
うれしい.残念ながらここは病院なので,発声しなくても意志の
疎通が可能な電気式筆談であるメールやチャットができないのが
とても不便.これもテクノ依存症というやつなのでしょうか.

ICU から観察室へお引っ越し.もう集中治療受けなくてすみますか.
それからさらに新アイテム,酸素の鼻輪を手に入れました.これは
マスクをしなくても喋れるようになってきたので,あとは酸素の
大量補給をするために装備するもの.マスクよりも格段に小さく,
装着時の違和感も個人レベルではずっと少なくてすみます.ただ
鼻にパイプがずっぽまり.それが左右に分かれて耳から顎を渡り
首筋でキュッと固定する,誰がどう頑張っても素敵なアイテムには
なりがたい逸品となっております.見た目よりも治療が優先.